実家

実家
うたたねの父
うたたねの父
ぐったりの母
ぐったりの母

実家に帰省してました。5月にご飯が食べれず死相が出ていた父は、奇蹟?の回復で、3ヶ月で43キロから50キロくらいになって元気そうでした。

母は、呼吸苦が進行していて、前にも増して「苦しい、苦しい」を連発していて、見ているこちらが切なくなりました。

セッションしていても苦しくなっちゃうので、「人生で楽しかったことを思い出して見て」というと、「そんな楽しかった事はない。辛かった事ならいくらでも思い出せるけど。。色んな事をやってきたけど全部表面的なことで、本当に心から楽しんでやっていた事はない」などと言い出すので、ぎょっとしてしまいました。

でも、確かにそうかもしれません。

台湾で生まれ、戦後引き揚げてきたのが9歳の時。なかなか日本の学校にも順応出来なかったようだし、結婚もお見合いで、父は酒飲みで、ある意味破天荒。

私も、何年もインドとかをぶらぶらしてたし。

母が心配性なのも自分が 何が楽しいかわからない、、、そういうところからきているのかもしれないなと思いました。

楽しかった事が見つからないと言いながら、私が2歳くらいの時、私を置いて姉と父と母方のおばあちゃんに預けて出掛けた時、私が腹を立てて、おばあちゃんを引っ掻くわ、喚くは、叩くわで、凄かったらしく、「この激しい子を置いて行くなんて二度としないように」とおばあちゃんに言われたとか、私の100回以上聞いた暴れる逸話を話していたら、苦しさも少し遠退いたようだった。

以前よりもできる事や、気力がなくなって確実に介護量が増えていた。
それに対して、イノシシに畑を荒らされた父は、悔しがるでもなく何やら楽しそう。

足腰が弱ってきて、歩きがスムーズにいかないのだけど、それでも家事をこなし、買い物に行き、広い敷地の草取りも欠かさない。

昨日、ゴーヤーの茂みにスズメバチの巣を見つけて、危ないから取ってしまったのだけど、そのあとハチが巣を探してウロウロしているのをずっと観察していた。

その上、その取った巣をゴーヤーのツルの明るいとこに洗濯バサミで留めて、来るかどうか実験していた。

ちょっと前にも草取りをしていて巣を触ったらしく、黄色スズメバチに刺されたというのに懲りない人だ。

過去、カラスの子供を取ろうとして木によじ登って落ちて骨折したことも。。。

父の父(私のおじいちゃん)の自給自足話を聞くのが私は大好きなんだけど、投網を何個も持っていて、しょっちゅう川で当時はたくさんいたらしい鮎とか鮒とかを採って近所に配っていた話や、ヤギを飼っていて、近所の朝鮮の人が「病気の母親に食べさせたい」と言って、ヤギを買いに来た話。雄ヤギを自転車の荷台にくくりつけてヤギがベーべー大声で鳴いていたとか、締めた鶏を毛をむしって、皮膚の表面に残っている毛を炙ってさばくのは、父と双子の兄がやっていた事。

卵の元?がたくさんお腹の中にあってその黄色の球をじいちゃんが食べてたこと。

兄弟がたくさんいたから生活は大変だったらしいけど、父の学生時代も面白い逸話が沢山ある。

それを聞くと、滅茶苦茶だけど面白いなあ〜と思うのだ。

父、底力があるなぁと思うんだけど、それはその自分で採った食べ物で生きていく力のなせる技ではないかと常々思っている。
そんなこんなの今回帰省は終わりました。

掃除して、施術して、ご飯作って、ビール飲んで、ぐーぐー 寝て、実家はやはり落ち着く場所です。

今回は幼馴染の友人達にも会えたし。。。
いつも思うんだけど、あと何回会えるのだろう、あと何回一緒に食卓を囲むことができるのだろう、と思うと一瞬一瞬が貴重な充実の時間でした。

遠いけど、また年内に帰ろう。

まなざし

まなざし

週末のGAP(ゲシュタルトアウェアネスプラクティス)ST(ティーチングスタッフ)クラス「ドリームワーク2日間」無事に終わりました。

初めての方たちも、何年も学んでいる人も、自分の夢や、参加者のドリームと出会う豊かな時間でした。

このワークでは、「驚き」が歓迎されます。マインドは同じドラマを繰り返すので、頭以外のからだの内側の感覚や、五感をフルに使うことで、今まで感じたことのなかった感情が出てきたり、昔は持っていたけどいつの間にか感じることを許していなかったことや、誰かに禁止されたことで封印していた自分の一部に出会う事があります。

私も丁度お盆の時期だったので、毎年経験者クラスで女神山ライフセンターで5泊6日の合宿をしてた日々を思い出してしまった。

毎年夏のこのグループで私は、自分から切り離していた自分の一部が帰ってくるのを「からだ」で感じていました。

私は叫び派?なのか、オープンシートと呼ばれる一人一人が自分の探求をする場で、いつも大声で吠えていました。

女神山の自然は、周りに家もなく、安全でどんなに大声を出しても大丈夫なスペースを提供してくれる最適な場所でした。

沢山泣いて、叫んで、自分の中から何かを呼ぶような咆哮が出てきたことがありました。

その時、まさに自分自身が切り離した自分の一部が、吼え声と共に、手に足にお腹に帰ってくるのを感じたのです。

それは懐かしい嬉しい感覚でした。

私たちは、ピアノの鍵盤のように全ての鍵盤を持って生まれてくるとクリスはいいます。

育っていく中で、引き続けている音や、文化的に良いとされなかった音、禁止されたり、弾くと叱られた音を私たちは奥深くにしまい込んでしまいます。

それがあることは、意識の下の深いところに仕舞って取り出そうとも思わずに。

でもその長い間封印している音が出てきたとき、これだ!自分が引きたかった音だ!と感じるのです。

それは喜びの時間です。最初は音の外れたリコーダーみたいに居心地が悪いかもしれませんが、段々慣れてきます。

私にとっては、それは叫んだり、地団太を踏んだりすることでしたが、それが全員に必要な訳でもありません。

ただ自分にいろんな音色があるのに気づくことは、自分と他者の関係にも影響します。

自分の感覚の幅があるというのは、まさにオープンマインドで、「こうじゃなければいけない」と思っていた自分のマインドを拡げてくれるからです。

GAPでは、自分のからだの体験を通してそれを学んでいきます。

これがセラピーではなくプラクティスなのは、クリスも今も自分に気づくということをやり続けているからです。

クリスのまなざしに出会った時、その目を見ているだけで泣いてしまう人がいます。

クリスの目の中には愛があります。

広く、優しく、暖かく、平等で、好奇心を持ったまなざし、、、まさにGAPの質を体現しているのがそのクリスの目なのです。

以前クリスに見つめられると、目をそらしてしまうことがありました。

自分の複雑な心の内を読まれているようで、息苦しくなってしまっていたのです。

あるとき私はクリスに、それを言いました。

するとクリスは「私は何も読もうとしていないわよ。私があなたを見つめるのは、あなたのことをもっと知りたいからなのよ」と言いました。

それを聞いたとき、私の中で何かが開きました。

未だかつてそんな風に興味に溢れて、自分自身から出てくるもの全てを歓迎するようなまなざしで自分を見てくれる人はいなかった。

私は今も、その瞳から学び続けています。

そして自分がどんなまなざしで人をみているのか?自分はどんなまなざしでみつめられたいのか?について考えていました。。

9月~10月のクリスのプログラムがあります。

初めての人が受けれるクラスは一つしかないのだけど、機会があればクリスに会ってほしいなあと思います。

詳細はお知らせのほうに載せますね~~。

 

 

GAP(ゲシュタルト・アウェアネス・プラクティス)ドリームワーク2日間

GAP(ゲシュタルト・アウェアネス・プラクティス)ドリームワーク2日間

毎日毎日暑いですね!いくら夏に強い私でも、この湿気はあまり好みではありません。イタリアからっとしてたからなあ~~。

でも、夏に強いので食欲は衰えず、イタリアで買ってきたオリーブオイルを夏野菜にかけて食べてます。

ご飯が食べれるってすごい。

暑くて寝苦しい夜はたくさん夢を見ます。

私が見る夢で断然多いのは、ワークショップの夢。自分が受講しているのだけじゃなく、知らない場所で知らないワークを受けていることも。。。教えていることも。。。いつもなぜか人がわんさかいる。

一人になりたい。。。

8月のGAPの基礎クラスでは、ドリームワークの2日間を開催します。

夢のワークと言っても、巷の夢判断や占いのように誰かが解釈した夢を扱うのではなく、夢の中に登場する人や場所やモノ(フィギュアといいます)の視点で夢を体験し、今まで自分が自分のものと認めていなかった自分の一部や、昔はもってたパワーを自分に取り戻したり、新しい発見や気づき、癒しを体験していきます。

そして、怖れや、不安、怒りなど、あまり関わりたくないと思っているエネルギーにも、楽しさ、ワクワク感、喜びと同じように扱うことも学んでいきます。

夢に興味のある人も、未知の自分を発見してみたい人もどうぞご参加ください。

ご予約はナンディのHPからではなく、GAPのHPからになります。→https://gap.opensense.info/category/schedule/%E6%9C%80%E6%96%B0/

日程:8月11(土)12(日)10時~17:30分

場所:都内にて(詳しくは上記の予約をご覧ください)

夏休みの2日間を是非夢のワークでご一緒しましょう!

 

イタリア瞑想リトリートから戻りました

イタリア瞑想リトリートから戻りました

昨日深夜に自宅に帰り着きました。

素晴らしい旅でした。

仕事も、パソコンも、ケータイも、家族とのやりとりも、日常のやるべきことのtodoリストもないなかで、規則正しく一日に2回きっちり瞑想し、自分の思考やエゴのパターンに出会い手放し、静かな場所で安らぐ。

朝6時~終わるのは22:30というそれだけ読むと恐怖だったのですが、不思議にゆったりした時間でした。

その中で、自分のパターンに気づき、何度も何度もやってくる、自分で自分を縛っている絡みつく糸をほどこうともがくことなくそれよりも下にもぐるのは、時に難しい作業でした。

瞑想のマスターのニーラジャが用意してくれたフィールドと、お弟子さん達の信じられないくらいの優しさ、暖かさ、そして静けさ、このシャンティガイアという場所の自然や動物たちに守られ支えられながら、探求の日々を過ごせたこと、本当に感謝感謝です。

毎日愛に溢れた、とれたての野菜を使った、イタリアン・ベジフードも素晴らしく美味しかった!自家製のオリーブオイルをダバダバかけ、こんなに普段3食食べることないのにきっちり食べていたので、太っちゃったかも。。

でも、でも、幸せでした!

朝昼晩と散歩しながら、人生で自分のたどってきた道を振り返ってました。

今回中華航空だったので、北京乗り換えで中国人の人たちや中国語に触れて、30年近くぶりに中国語を喋ったりして、出てくるもんだな~~と感心したり。

ニーラジャは、チベットのリンポチェ(活仏)に学び、パパジというインドのグル(先生)に出会って、そこでパパジの晩年を一緒に暮らし、学んだので、インド的な側面がたくさんあって、インドのことも沢山思い出した。

セヴァ(奉仕)として、食事、洗濯、なにからなにまでお世話してくれたイタリアの美女たちも、20代前半で、自分が旅してた頃と同じ年齢だった。

それから長い時間が経ち、私は子供を産み育て、それももう終わりを迎えつつある。

息子は大学生になり自分の足で自分の欲しいものを探しに行ける年になってきた。

私は50歳になり、ヒンドゥー教でいう家住期を終え、次のステージ、自由な内なる行に向かう時期が来たようです。

若い時は、周りの旅行者が瞑想にはまる中、私には全然響いてこなかったというのに!

今になって、それが自分のところにやってこようとは。。。。

イタリア瞑想リトリート
毎日の美味しいご飯!中庭で食べます

施術も変わっていきそうな気配。より静かな場所から始めれそうな気がします。

イタリア瞑想リトリート
癒してくれる犬たち!
イタリア瞑想リトリート
瞑想室ニルヴァーナ
イタリア瞑想リトリート
老犬シャンティ
イタリア瞑想リトリート
ニーラジャと最後にハグ
イタリア瞑想
お弟子さんのタシ(息子と同じ名前!!)

また書きますね♡

 

7日~16日までイタリア瞑想リトリートです

7日~16日までイタリア瞑想リトリートです

7(土)からローマの郊外にあるニーラジャさんの瞑想センターに行ってきます。

5時半~22時半まで瞑想だという恐ろしいスケジュール!(しかも前半は午前中観光、午後から瞑想。。。)

wi-fiも基本使えなそうなので、滞在中は通信不可だと思ったほうがよさそうです。

(息子とインコ、達者で暮らせよ~~)

ということで、16日以後にセッションのご予約をお考えの方はできるだけ6(金)までにご連絡いただければと思います。

それ以後のご予約に関しては、返信は16日以降となるかと思いますが、ご勘弁のほどを!

帰国後順番にご連絡しますので、お待ちくださいませ。

どうぞよろしくお願いします。

バイオダイナミクスフェーズ3

バイオダイナミクスフェーズ3

毎年6月はバイオダイナミクス月間なのですが、その最後はフェーズ3!

梅雨まっただなかの、雨の中のクラスでした。

このフェーズ3には2クラスあって、一つは女子が中心(男子は2人)の女子高クラスと、30数人中女子が4人の工業高校的?なクラス。ほとんどがオステオパス、PT,カイロプラクターなど治療家で構成されているクラスで私が参加しているのはなぜか工業高校男子クラス。

私がバイオダイナミクスのセミナーに行き始めた頃の10数年前は男性ばっかりで、エサレンマッサージの女子慣れしている身には驚きだった。。。

最近は女性が多くなって、華やかでキラキラしていて、トムが「最近の人たちは変化しているから教え方もそれに則したものに」というのもわかります。

それはさておき、今回も色々学びがありました。

自分の中の今育とうとしている種に気づいて、私自身がその種を勇気をもって励ましていった、そんな時間になりました(抽象的ですが・・・)

トムは本当に大きな人だなあと思います。

そしてこのバイオダイナミクスも!

これは、単なる何かを学ぶという域をとうの昔に越えて、自分と世界を繋ぐ大きな虹のかけ橋なのだと思います。

自分の未熟さや弱さや痛みも受け入れ、それでも少しづつ世界に対して開いていくとはどういうことなのか?を学んでいく時間だなと。

もちろん技術もそうだけど、バイオダイナミクスを学んでいくことには、技術を超えたものがある、そう思っているからこれをずっと続けていけるのでしょう。

今回、自分が限定されたものの見方をしている、そのことに気づきました。

バイオダイナミクスは、それよりもものすごく大きい。

自分が見ていたものの狭さに気づいたとき、それがきっと成長への鍵なのだと思います。

GAPでも、自分が何かを知っていると思っているときの在り方と、好奇心をもって知らないことにオープンであるときの在り方の差をよく言います。

一番良い在り方は「村の愚か者」の在り方だと。

トムはよく、自分が若い時に師事していた、おじいちゃんオステオパスの方々の話をするのですが、、「自分の先生たちが見せてくれたり教えてくれていたことが、今すごくわかるようになってきた」と。

そのことの意味がほんの少しだけわかってきました。

私たちは今秘密の種を仕込まれているのだと。

バイオを知るたびに、今まで全然見えなかった、そしてベールに隠されていた世界が垣間見れる気がして、秘密を探検するワクワク感と、終わらない喜びのようなものがあるのです。

何にしても、根底にあるのは愛です。

クラスメイトとお互いに治療し合って、色んなことをシェアし合って、みんなが真摯に愛を持って日々の治療に取り組んでいるというのは、本当に素晴らしいと思う。

バイオダイナミクスの施術が、この癒しを必要としている人の元に届きますように!

私も精進します!