イタリア瞑想リトリートから戻りました

イタリア瞑想リトリートから戻りました

昨日深夜に自宅に帰り着きました。

素晴らしい旅でした。

仕事も、パソコンも、ケータイも、家族とのやりとりも、日常のやるべきことのtodoリストもないなかで、規則正しく一日に2回きっちり瞑想し、自分の思考やエゴのパターンに出会い手放し、静かな場所で安らぐ。

朝6時~終わるのは22:30というそれだけ読むと恐怖だったのですが、不思議にゆったりした時間でした。

その中で、自分のパターンに気づき、何度も何度もやってくる、自分で自分を縛っている絡みつく糸をほどこうともがくことなくそれよりも下にもぐるのは、時に難しい作業でした。

瞑想のマスターのニーラジャが用意してくれたフィールドと、お弟子さん達の信じられないくらいの優しさ、暖かさ、そして静けさ、このシャンティガイアという場所の自然や動物たちに守られ支えられながら、探求の日々を過ごせたこと、本当に感謝感謝です。

毎日愛に溢れた、とれたての野菜を使った、イタリアン・ベジフードも素晴らしく美味しかった!自家製のオリーブオイルをダバダバかけ、こんなに普段3食食べることないのにきっちり食べていたので、太っちゃったかも。。

でも、でも、幸せでした!

朝昼晩と散歩しながら、人生で自分のたどってきた道を振り返ってました。

今回中華航空だったので、北京乗り換えで中国人の人たちや中国語に触れて、30年近くぶりに中国語を喋ったりして、出てくるもんだな~~と感心したり。

ニーラジャは、チベットのリンポチェ(活仏)に学び、パパジというインドのグル(先生)に出会って、そこでパパジの晩年を一緒に暮らし、学んだので、インド的な側面がたくさんあって、インドのことも沢山思い出した。

セヴァ(奉仕)として、食事、洗濯、なにからなにまでお世話してくれたイタリアの美女たちも、20代前半で、自分が旅してた頃と同じ年齢だった。

それから長い時間が経ち、私は子供を産み育て、それももう終わりを迎えつつある。

息子は大学生になり自分の足で自分の欲しいものを探しに行ける年になってきた。

私は50歳になり、ヒンドゥー教でいう家住期を終え、次のステージ、自由な内なる行に向かう時期が来たようです。

若い時は、周りの旅行者が瞑想にはまる中、私には全然響いてこなかったというのに!

今になって、それが自分のところにやってこようとは。。。。

イタリア瞑想リトリート
毎日の美味しいご飯!中庭で食べます

施術も変わっていきそうな気配。より静かな場所から始めれそうな気がします。

イタリア瞑想リトリート
癒してくれる犬たち!
イタリア瞑想リトリート
瞑想室ニルヴァーナ
イタリア瞑想リトリート
老犬シャンティ
イタリア瞑想リトリート
ニーラジャと最後にハグ
イタリア瞑想
お弟子さんのタシ(息子と同じ名前!!)

また書きますね♡

 

バイオダイナミクスフェーズ3

バイオダイナミクスフェーズ3

毎年6月はバイオダイナミクス月間なのですが、その最後はフェーズ3!

梅雨まっただなかの、雨の中のクラスでした。

このフェーズ3には2クラスあって、一つは女子が中心(男子は2人)の女子高クラスと、30数人中女子が4人の工業高校的?なクラス。ほとんどがオステオパス、PT,カイロプラクターなど治療家で構成されているクラスで私が参加しているのはなぜか工業高校男子クラス。

私がバイオダイナミクスのセミナーに行き始めた頃の10数年前は男性ばっかりで、エサレンマッサージの女子慣れしている身には驚きだった。。。

最近は女性が多くなって、華やかでキラキラしていて、トムが「最近の人たちは変化しているから教え方もそれに則したものに」というのもわかります。

それはさておき、今回も色々学びがありました。

自分の中の今育とうとしている種に気づいて、私自身がその種を勇気をもって励ましていった、そんな時間になりました(抽象的ですが・・・)

トムは本当に大きな人だなあと思います。

そしてこのバイオダイナミクスも!

これは、単なる何かを学ぶという域をとうの昔に越えて、自分と世界を繋ぐ大きな虹のかけ橋なのだと思います。

自分の未熟さや弱さや痛みも受け入れ、それでも少しづつ世界に対して開いていくとはどういうことなのか?を学んでいく時間だなと。

もちろん技術もそうだけど、バイオダイナミクスを学んでいくことには、技術を超えたものがある、そう思っているからこれをずっと続けていけるのでしょう。

今回、自分が限定されたものの見方をしている、そのことに気づきました。

バイオダイナミクスは、それよりもものすごく大きい。

自分が見ていたものの狭さに気づいたとき、それがきっと成長への鍵なのだと思います。

GAPでも、自分が何かを知っていると思っているときの在り方と、好奇心をもって知らないことにオープンであるときの在り方の差をよく言います。

一番良い在り方は「村の愚か者」の在り方だと。

トムはよく、自分が若い時に師事していた、おじいちゃんオステオパスの方々の話をするのですが、、「自分の先生たちが見せてくれたり教えてくれていたことが、今すごくわかるようになってきた」と。

そのことの意味がほんの少しだけわかってきました。

私たちは今秘密の種を仕込まれているのだと。

バイオを知るたびに、今まで全然見えなかった、そしてベールに隠されていた世界が垣間見れる気がして、秘密を探検するワクワク感と、終わらない喜びのようなものがあるのです。

何にしても、根底にあるのは愛です。

クラスメイトとお互いに治療し合って、色んなことをシェアし合って、みんなが真摯に愛を持って日々の治療に取り組んでいるというのは、本当に素晴らしいと思う。

バイオダイナミクスの施術が、この癒しを必要としている人の元に届きますように!

私も精進します!

 

 

 

 

ゲシュタルトアウェアネスプラクティス「人との関わりとセルフサポート2」

ゲシュタルトアウェアネスプラクティス「人との関わりとセルフサポート2」

週末の2日間は、人との関わりとセルフサポートの第二回目でした。

最近のあまりの忙しさに告知もできず。。。

ゲシュタルトアウェアネスプラクティス(通称GAP)では、自分自身との関係に重きを置くのですが、本当によいコミュニケーションを成立させるためには、自分自身に気づいていることが必須だとティーチャーのクリスも言います。

そしてGAPでは、あるがままの一瞬一瞬の[いまここ]に気づいていくことを大切にしますが、何に気づくかよりも、どう気づくか?により重きを置きます。

何に気づいても、それと共にいる、良いことも困難なことにも、YES、ハローといって自分自身と共にいる。その力をGAPでは育むのです。

過去、自分はそんな風に周りの人(特に幼少期に大人に)「あるがままのあなたでいいんだよ」と言ってもらったことはないかもしれないけれど、自然や、動物や、友達や、大好きなぬいぐるみや本からは「イエス!そのままでいいんだよ」と言ってもらった経験があるかもしれない。

自分にとって、何がサポートか?ということに気づく、それを横に置いておくことはとても大事です。

特に困難な関係性においては。。

2日目の最後にやったプラクティスはこんな感じでした。

基礎の気づきのプラクティスをやって、午後の最後により実際的なところに入っていきました。

まずは、自分にとって、何が困難かに気づく。

そのあるがままの感覚と共にいる。

そしてその中にある自分のニーズに気づきます。

相手にどうしてほしいか?という自分の中のリクエストにも気づきます。(この場合、その人自身のふるまいを替えてもらうもらうリクエストをすることはできるけれど、その人自身を替えることは不可能です。)

そしてそれを相手に伝える。

その対象の人を、私たちはまずは座布団の上において練習するのです。

(これはカルマフリー。安全で役に立つやり方、かつやってみると真実の声が出てくるのです。)

それから、相手にリクエストを伝えたら、自分にもできることを言います。

相手に要望を伝えるだけではなく、この関係の責任を相手に押し付けてしまうだけでなく、必ず自分にも出来ることがあります。

そして、これが重要なのですが、この関係でうまくいっていること、感謝していることも伝えます。困難な関係においても、かならず良いことはあるからです。

私たちは、困難な関係において、その難しさ、不快さ、しんどさのほうだけに目を向けがちです。

でもその中にもよいことは必ずある。それに気づいてそれを伝えることが重要なのです。

この実習で私は母を座布団に置きました。

先日、父の体調が悪くて実家に帰ってたのですが、そこで父の介護負担軽減のため母にショートステイに入ってもらおうとしたときに、母がすごくぐずってわがままをいうので自分の感情が抑えられなかった経験をワークしました。

私の母は原発性呼吸不全という、原因不明の難病で在宅酸素を付けています。なので、常時苦しい。

その苦しさを解消してあげたいという思いと、介護している父の負担が増しているのに、母がそれに鈍感でやってもらっているという認識が薄いので、時にイライラしてしまうのです。

その母を自分の前の座布団に置いて、自分のリクエストをいいました。

するとそのリクエストよりも大きく、自分の中の「前の母のように元気になってほしい」という思いがどばっと噴き出して、涙がドバドバ出てきて自分でも驚いてしまいました。

今度は母の席に座ると、苦しさで視界が自分の座っている領域くらいにしかない。母になってみるとこれは人を気遣うのは無理だなあということがよくわかる。私が自分の感覚で母を見ていたことがよくわかりました。

そして最後にサポートの席に座って、この二つの関係を見てみたら、そこに通っている家族の絆や愛が空間を覆っているのを感じました。

全てのものに居場所があります。

困難も、良いことも、痛みも悲しみにも、優しさにも。

GAPでは、いつもは通り過ぎてしまう、充分感じるところに時間を取ってない全てのものに、ゆっくり時間と空間を与えていきます。

次回のクラスは8月11(土)12(日)今度はドリームワークです。

2日間かけて夢を探求していきます。

 

 

人との関わりとセルフサポートその1

人との関わりとセルフサポートその1

この日曜はGAP(ゲシュタルトアウェアネスプラクティス)の私たちティーチングスタッフによるクラスでした。テーマは「人とのかかわりとセルフサポート」

GAPでは、人との関係よりも自分との出会いや探求を重視します。

しかし、この世に生きている以上は人との関わりやコミュニケーションは避けては通れない道。

今回のクラスでは、人と関わるときに自分の中で起きている感覚や思考、行動や自分の持っているパターンを、GAP流に「時間と空間を与える」ことで探求し、自分のリクエストや、ニーズに気づくことをやっていきました。

GAPでは、リクエスト(要望)とニーズ(必要性の欲求)は違うと捉えています。

リクエストは特定の人に対する要望で、ニーズはもっと根底にあるものという風にとらえます。

お腹がすいている、何か食べたいと思うのはニーズで、リクエストは人に対して「何か作ってほしい」という特定の人に対する要望。

ニーズとリクエストがごっちゃになると相手には伝わらないし、感情的は葛藤を引き起こします。

自分の根底にあるニーズに気づくことは重要ですが、それを相手に要求しても叶えられることはまずないと思います。まあラッキーな場合を除いて。

もし、自分が相手に何かをリクエストするときは、相手がそれを受け取れる状況にあって、聞く体制があるかを尋ねる必要があります。

自己表現と、コミュニケーションは違うということですね。

 

次回のクラス5月25,26日二日連続のワークでは、「人とのかかわりとセルフサポート」第二弾として、自己表現とコミュニケーションに焦点をあて、2日間かけて探求していきたいと思います。

今回のクラスでは、背中合わせをして、からだの感覚を使って「相手にリクエストをいう」という実験をしました。

「私たちは自分に注意を向けると相手を切ってしまう。ここでの実験は相手の存在も自分にいれながら自分自身を感じる。その二つを行ったり来たりする」とクリスは言っていましたが、これは結構難しいのです。

安全な場所で実験してみる。練習してみる。これがプラクティスの醍醐味です!

次回の実験を私もワクワクしています!

 

 

GAP仲間

GAP仲間

今は精進湖でスタディグループの真っ最中!ですが私は今回は参加を見送りました。この寒い時期に6日間も家を留守にしたくなかったのです。

なんせ今は息子の受験真っ最中~~!今日から1校目が始まります。さっき出発しましたが、行く直前にまたしても財布がないことが発覚!なんと今年2度目。。(まだ2月なんですけど~~)

大丈夫か???息子???

お母さん業も最終局面を迎え、やることといったら、バランスのとれたご飯を作って、帰ったときに家の温度が暖かいこと、そして話し相手がいること、たったそれだけのことですが、、、、お母さんの仕事って!

まあそれはさておき、今回クリス来日15年目の節目を迎え、2月2日の1ディの後に古い参加者の人たちで懇親会をやりました。

私がGAPに参加して13年くらい?ですが、最初にオープンシートを一緒に体験してから、長いこと毎年一緒に輪を囲んだ仲間たちに久しぶりに会うことができました。

古いメンバーたちのGAPとの出会いの話を聞きながらごはんを一緒に食べていると、懐かしいあの日々が色々思い出されて、そしてメンバーの変わらぬ存在感が沁みてきて、とても温かく幸せな気持ちになりました。

今はGAPに参加していないけど、何年も探求を続けてきた仲間との絆は特別なんだなあと改めて思いました。

数年もあってなかったのに、そんな気が全くしない!

クリスも私たちも今より全然若くエネルギッシュで、結構あほなことやったりしたよなあ~~。ワークでは自分の探求に真剣に取り組んでても、ご飯の時はおかずを取り合ったり、エロい話をしてゲラゲラ笑ったり、今思えば仲良さ加減が半端じゃなかった。。。

クリスも古いメンバーに会えてうれしそうだったし、バタバタと片づけて帰るときも、なんとなく残ったのは超オールドメンバーたちで、クリスの投げキスを受けながらタクシーを見送った。

こうして生きて会えるということの、その瞬間瞬間が奇跡のようだなあと思う。

GAPはセラピーではなく、コミュニティでのワークだというけれど、それがそのままみんなとの絆に現れていると思う。

それぞれがあるがままの自分自身で存在できる居心地のいい場所、この場所があることが、そして戻って来たくなった時にいつでもやってこれるHOMEがあるのが大事なのかなと思った。

そのHOMEを私はサポートしたいなと改めて思った時間でした。

 

 

GAPオープンシート

GAPオープンシート

子供のバイオが終わってすぐに、クリスが来日しました。

先週はトム週間で今週はクリス週間。

今回のオープンシート1ディは、私も「参加者としていていいよ」(普段はアシスタントのスタッフとして参加している)と言ってもらえたので心置きなく探求ができました。

みんなと一緒にオープンシートに参加するのは本当に久しぶり!

中級者向けなので馴染みのメンバーの中で安心して自分の探求が出来るのはめちゃめちゃ興奮しました。

今回、トムのクラスで私の中に浮上してきた「未完了のこと」が意図せずに現れ出てきたのは、やはりプロセスってすごいなと思いました。

今回のオープンシートを通して「自分がこんなにも感じているんだ」ということを再認識しました。それを説明しようとすると私の中に混乱やこれは本当か幻か?などの葛藤が生じるのだけど、クリスがそれを「描写してみて」といってくれてその感じていることをそのまま言葉や動きにしたら、感じている範囲が鮮明にぐっと明るくなって、私がこんなにもこれでもか!ってくらい感じているんだ!そして、それを自分の思考はジャッジしていたんだ。。。いうことが体験を通してよくわかりました。

GAPのいう「判断、分析、アドバイス」を外した世界には(それは人にも自分にも)こんなにも豊かで広々している。。。

子供の頃は持っていたこの感覚をたいていの人は抑圧したり、良くないものだとしたり、ないものにしているけれど、その枠を外せばその感じるチカラは花開くのだということが分かって、それは見えるものだけが真実なのではなく、エネルギーへの理解へも役立ちそうな気がします。