その人らしさ

その人らしさ

占星術ワークショップ「基本の12星座のお話」終了しました。

もうすでに受講したことあるクラスなんだけど、すごく面白かったです!

占星術がいつの間にか好きになっていた理由はなんなんだろう?と思うのだけど(なぜなら占いの類はそんなに好きでもない・・)それは、チャートにその人らしさがにじみ出ているからだと思います。

良いとか悪いとかではなく、その人が生きる、今生のありのままの人生が隠しようもなく表れているから。

じゃあ私が占星術を読む人になるかっていうと、それは自分の仕事ではないようでいまだに星のサインが読めないし(水星☿とか金星♀とか、、、全然覚えられない)その野心もないのだけれど、その場にいて参加者の人のチャートからにじみ出てくるその方々の人生を垣間見せてもらえるのがなんとも面白く、興味深いのです。

なんか、その人を生きるというのは、私の人生のテーマでもあるし、きっとGAP(ゲシュタルトアウェアネスプラクティス)をずっと続けているのもその辺なんだろうな~~。、

自分が7室(パートナーシップや、コミュニケーション)に沢山の星座が入っていてチャレンジや強調点が置かれているからかなと思ったり。

あと、今回話を聞いていて「この星座は負けず嫌い」という言葉が耳に残りました(私に言ったわけじゃあないのだけど)

日頃あんまり気にしたことなかったけど、確かに私は負けず嫌いかも。

太陽星座はおうし座だけど、おひつじ座ともかなり関係が深いし。

思えば、人に何か言われるのすごく嫌だった!子供の頃から、親の言うことも先生のいうことも全然聞かなかったし、人にアドバイスとか、そうすればいいよ、とかあんまり言われたくない。

なんでも自分で自分のことは決めたがるなあ。。。

もしかしたら、負けず嫌いとはニュアンスが違うかもだけど、社会の中でさざ波を立てないように振舞っている自分と、そうじゃない「火」の部分で一匹オオカミ的な部分がチャートの中にも表れている気がして、まじまじと自分の宇宙の図を見てしまった。

占星術、面白い!

10月の「ドラゴンヘッドとテイルの話」は満員になってしまったけど、またワークショップをナンディでも開催する予定です!

わかりやすく、かつ鋭く星を読んでくれる内山可憐さんのブログはこちら。個人セッションやワークショップもやってます。

実家

実家
うたたねの父
うたたねの父
ぐったりの母
ぐったりの母

実家に帰省してました。5月にご飯が食べれず死相が出ていた父は、奇蹟?の回復で、3ヶ月で43キロから50キロくらいになって元気そうでした。

母は、呼吸苦が進行していて、前にも増して「苦しい、苦しい」を連発していて、見ているこちらが切なくなりました。

セッションしていても苦しくなっちゃうので、「人生で楽しかったことを思い出して見て」というと、「そんな楽しかった事はない。辛かった事ならいくらでも思い出せるけど。。色んな事をやってきたけど全部表面的なことで、本当に心から楽しんでやっていた事はない」などと言い出すので、ぎょっとしてしまいました。

でも、確かにそうかもしれません。

台湾で生まれ、戦後引き揚げてきたのが9歳の時。なかなか日本の学校にも順応出来なかったようだし、結婚もお見合いで、父は酒飲みで、ある意味破天荒。

私も、何年もインドとかをぶらぶらしてたし。

母が心配性なのも自分が 何が楽しいかわからない、、、そういうところからきているのかもしれないなと思いました。

楽しかった事が見つからないと言いながら、私が2歳くらいの時、私を置いて姉と父と母方のおばあちゃんに預けて出掛けた時、私が腹を立てて、おばあちゃんを引っ掻くわ、喚くは、叩くわで、凄かったらしく、「この激しい子を置いて行くなんて二度としないように」とおばあちゃんに言われたとか、私の100回以上聞いた暴れる逸話を話していたら、苦しさも少し遠退いたようだった。

以前よりもできる事や、気力がなくなって確実に介護量が増えていた。
それに対して、イノシシに畑を荒らされた父は、悔しがるでもなく何やら楽しそう。

足腰が弱ってきて、歩きがスムーズにいかないのだけど、それでも家事をこなし、買い物に行き、広い敷地の草取りも欠かさない。

昨日、ゴーヤーの茂みにスズメバチの巣を見つけて、危ないから取ってしまったのだけど、そのあとハチが巣を探してウロウロしているのをずっと観察していた。

その上、その取った巣をゴーヤーのツルの明るいとこに洗濯バサミで留めて、来るかどうか実験していた。

ちょっと前にも草取りをしていて巣を触ったらしく、黄色スズメバチに刺されたというのに懲りない人だ。

過去、カラスの子供を取ろうとして木によじ登って落ちて骨折したことも。。。

父の父(私のおじいちゃん)の自給自足話を聞くのが私は大好きなんだけど、投網を何個も持っていて、しょっちゅう川で当時はたくさんいたらしい鮎とか鮒とかを採って近所に配っていた話や、ヤギを飼っていて、近所の朝鮮の人が「病気の母親に食べさせたい」と言って、ヤギを買いに来た話。雄ヤギを自転車の荷台にくくりつけてヤギがベーべー大声で鳴いていたとか、締めた鶏を毛をむしって、皮膚の表面に残っている毛を炙ってさばくのは、父と双子の兄がやっていた事。

卵の元?がたくさんお腹の中にあってその黄色の球をじいちゃんが食べてたこと。

兄弟がたくさんいたから生活は大変だったらしいけど、父の学生時代も面白い逸話が沢山ある。

それを聞くと、滅茶苦茶だけど面白いなあ〜と思うのだ。

父、底力があるなぁと思うんだけど、それはその自分で採った食べ物で生きていく力のなせる技ではないかと常々思っている。
そんなこんなの今回帰省は終わりました。

掃除して、施術して、ご飯作って、ビール飲んで、ぐーぐー 寝て、実家はやはり落ち着く場所です。

今回は幼馴染の友人達にも会えたし。。。
いつも思うんだけど、あと何回会えるのだろう、あと何回一緒に食卓を囲むことができるのだろう、と思うと一瞬一瞬が貴重な充実の時間でした。

遠いけど、また年内に帰ろう。

トンレン瞑想

トンレン瞑想

7年前の3月11日、事の重大さわからぬまま、私たちは今は無き国立の図書館&ギャラリーのプランターコテッジに集まっていました。

居場所があって、心が通い合う友人がいる事がひたすら有難かった。

その後、この場所で、「1日まるごと原発ディ」というチャリティイベントを企画しました。

その時、みんなでやったトンレン瞑想を紹介します。

私も今日やりました。

最初にこの瞑想を教わったのはGAPの先生のクリスからでした。

仏教の慈悲の瞑想。

この瞑想は呼吸を使います。

やり方はシンプルで、吸う息で、痛みや苦しみ悲しみなどを吸い込みます。

今も避難している人たち、家族を亡くした悲しみや痛み、汚染してしまった土地や、生き物の苦しみなどを吸う息と一緒に吸い込みます。

今度は吐く息で、自分が持っている温かさや優しさ、慈悲の心や、今までに受けた愛情、や美しいものイメージや風景などを、呼吸に乗せて、その痛みのある場所、人、生き物などに向けて差し出します。

吸う息で苦しみを吸い込み、吐く息で優しさを差し出す。

この循環を繰り返します。

自分のタイミングで、今度はあるがままの呼吸に戻ります。

そして、そのあるがままの呼吸としばし共にいます。

もしも興味のある方はやってみて下さいね。

息子の卒業

息子の卒業

先日は息子のタシの卒業式でした。ものすご~~く寒かっ他木曜日。

「花々のつぼみも膨らみ、春の気配を感じる季節になりました」とみんなが挨拶していて、おいおい、原稿そのまま読むんじゃないよ!と突っ込みたくなったくらいです。

数日前に初めてのパーマをかけた息子。

あまりにくるくる過ぎて(本当は天パでずっとヘアアイロンでセットしていた・・)パンチパーマみたいだから直してくると次の日に戻しにいったのだけど戻り切れず、、、、

前日登校の日に生徒指導の先生に見破られ「お前パーマかけただろ、明日はきっちり7,3に分けてこい」といわれてしまいました。

私はどーでもいいだろ、最後だしと思ったんだけど、そこは、気の小さい息子(だったら卒業してからパーマかければいいのに)、朝からスプレー買いに行ったりバタバタで写真もろくにとれず。。。
卒業式は寒すぎて、外でも撮れず。。。

そんなこんなでしたが、無事に高校まで卒業できました。

息子や私に、少しでも関わりのある全ての人に感謝の気持ちで一杯です。

子供は、親のちからでもなく、周りの人や社会の中で育っていくのだなあと、子供を育ててみて実感しています。
この国立の温かな環境で子育てできたこと、感謝しています。

今日も、小学校から高校まで同じ学校だったお母さんに「タシは、なんかいつもやらかしてるよね、見るたびに。。
運動会の騎馬戦の時も、終ったら先生に首根っこ掴まれて連れていかれてたし(暴言を吐いて、説教されてた・・・)タシはなんだか、、かわいいとこあるから、先生もかまいたくなるんだよ」って言われてじーんと来ちゃった。

道で会っても、お母さんたちが「あ、タシ大きくなったね」って声をかけてくれて、そんな中で育っていけたこと本当にありがたく思ってます。

息子に直接会ったことない人も、なんとなく身近な存在で気にかけてくれる、そのこともすごく嬉しいです。

ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。

この春無事に大学生になります。

志望校には落ちてしまって、本人的には不本意ですが、これは始まりに過ぎないし。

ここから好きなことを見つけて突き詰めていってほしいなあ。

(なんだか、営業にいくサラリーマンみたいな写真になっちゃった・・)

100才のひと。

100才のひと。

私のもう一つの仕事場で100歳のおばあちゃんが亡くなった。

脳幹出血、100歳でした。

その日の昼間も中庭で一緒に洗濯物を干し、植木鉢の中に雑草を見つけると即座に抜き始め、出てきた新芽に「元気に育てよ!」って声をかけていたのに。

終戦の日が誕生日で、100歳のお誕生日の日には、息子さんと職員とお祝いして歌って踊った。

職員のほうが張り切ってしまって、1か月くらい前からこっそり手作りお祝いグッズを準備していた。

感情が豊かで、お祝いの花を見ては泣き、手作りの久寿玉や旗を見ては泣き、炭坑節を調子っぱずれに歌っていた。

トイレの介助をしても、洗濯をしても、食事が運ばれてきても、いつも「ありがとよ」と必ず言ってくれた。

若いころからお蚕をやり、機織りをし、畑仕事をして、うどん打ちが得意で、地域の婦人会のリーダーだったらしい。

関東大震災も経験していた。5歳くらいだったらしいがおばあさんに言われて大柱に捕まっていたって言っていた。

ご主人はいい男だったが大酒のみだったらしいが、その話を聞いたことはない。

一度粗相をしたことがあって、「死んだ方がましだ」をウォーウォーと大泣きしていた。

新しい利用者さんがくると、「茶だしてやんな」と仕切っていた。

手作業で色塗りをやってもらうとすごい集中力で、色合わせを考えつつ、素敵なセンスで塗っていた。

一日に何度も、帰るとか、菜っぱ取ってくるとか、雨が止んだから峠越えるとか、風呂沸かしてくるとか言い出し、私たちを困らせた。

普通に別れたその日の夜中に、あっという間に逝ってしまった。

もうあの笑顔を、優しさや、明るさや、ちょっぴりエロくて、ユーモアに富んでいて、そんなおばあちゃんに会えないことがとても寂しい。

彼女がいた部屋の窓から見えるところに湧水があってそこには大きな木があって、車いすにのって窓から外を眺めていた。

亡くなった後、荷物が片づけられたその場所に立つと、下では子供達が遊んでいて、木が風にそよそよと揺れていた。

その風の中に彼女がいる気がした。

青い空の下、軽やかに優しく風に乗ってそよいでいる。

ああ、全てのものは一つなんだなってことが少しだけわかった気がする。

誰もかれもが、すべての生きとし生けるものが、宇宙の一つの現れなんだな。

お別れはないんだな。

この雨だれの一つ一つ粒の中に彼女がいる。

昨日はお通夜で、棺の中の彼女はまるで生きていた時とおんなじ顔で、まるでただ眠っているだけのようだった。

ありがとう。

ありがとう。

ありがとう。

いつも私たちに言ってくれたように空に向かって言ってみた。

 

 

 

夏休み

夏休み

昨日で夏休みも終わり。

今日からセッションを再開しています。

息子と二人実家に帰った夏。

2人で出かけるのも久しぶりだし、高3で部活も引退して毎日塾通いで、普段がっつり喋る機会もないので、なかなか楽しい道中でした。

2人だとトイレとか行くのも、順番に荷物持ってもらったりして楽だなとか。いつもは一人で移動することが多いので、そういうのも楽しかったし、しっかりしてきた息子を頼もしく思ったり、発見も多かったです。

高校に入ってから部活三昧で、実家に帰る機会のなかった息子にじじ、ばばを会わせることができて、ミッション完了!

私は実家で息子を産んだので、赤ちゃんの時はほんとお世話になったし、夏休みごとに私はGAP(ゲシュタルトアウェアネスプラクティス)の合宿で、息子を一人で飛行機に乗せて預かってもらってた。

「小1で、飛行機乗ったとき、もうすごい辛かった。。。。」と今回の旅でも飛行機の中でチクチク言われましたが。実際、一人でさめざめと泣いてて、隣の人や、スチュワーデスさんに慰めてもらってたそうで。。トホホ。

申し訳なかったな~~~。とは思うけど、もう一度息子が7歳に戻ってもきっと同じことをしちゃうでしょう。。

実家では、母にセッションをし、家の掃除をしまくり、早寝をするといういつものルーティーン。

母の介護を父が担ってるので、掃除まで行き届かないのです。

後何度、こうやって家族みんなで会うことが出来るのかな。。。と思うとちょっと切ない。

バックパッカーで旅をしてた頃、長期滞在した場所で旅人が次の目的地に向かって去っていった時、そして自分がその土地を離れるときも、もう2度と会えないかもしれない切なさに、胸が締め付けられたし、楽しかった時間と人を失ったそのぽっかりと空いた穴が、時間が経つことで薄まっていくのさえ悲しかったのだけど、そう思うと、人生は全て一期一会だなと思います。

旅にいても、町にいても同じ時間は二度とない。

今ここ。

一瞬一瞬が貴重な時だなあ。。。ダラダラのんびりしているときも含めて!

ちなみに、初めてペットホテルに預けたインコのすーちゃん無事でした。でも乗られたときの体重、軽くなった気がする。

きっと7歳の頃の息子のように、不安で寂しい思いをしたんだろうな。ごめん。。。