バイオダイナミクスの創始者ジムジェラスが2月に亡くなりました。家族や親しい人達に見守られながら、静かな死だったといいます。
ジムは一度日本に来ているのだけど、私が丁度バイオを学び始めた年で、セミナーに参加しそびれてしまいました。
バイオを長年学んでいる諸先輩方は、アメリカまでジムのクラスを受けに行っていたので、私も一度は行ってみたと思いながら、親の介護や子供の受験やお金が高いとか(セミナーはそんなに高くないのだけど通訳料や渡航費用が)で躊躇している間に結局今生でお会いすることは叶わなかった。
バイオは今も私を魅了し続けているし、まだまだ学び足りないし、多分死ぬまで学んでいるのだろうけど、そんな素晴らしいものを創造してくれたジム・ジェラスDOには本当に感謝してもし足りないくらいです。
そしてもう一人、去年静かにこの世を去った、バイオの大先輩のおじいちゃんがいます。
バイオでもエソテリックヒーリングのスタデイグループでも同じクラスでした。私たちのバイオの先生のトムのことが大好きで、いつもデモで治療を受けては光り輝いていました。
長年同じクラスではあっても、最初の数年はあまり喋ったことがなかったのだけど、あるときクラスの3日目の恒例の日本酒パーティ-の時に、そのクラスは難易度が高くて、私があまりにも出来なくて悩んでいることを相談したら、本当に親身に優しく丁寧に教えてくれて、その温かさとやさしさに完全にノックアウトされてしまった。。。。
高齢で、足も悪く耳も聞こえずらかったので、最後の数年はもうセミナーを受講することはなくって、セミナー中のどこかでトムの施術を受けに来ていました。
あまりに輝いてるので、その最後の数年は顔をみたり遠くから杖を2本使って歩いてくる姿を見るだけで、なぜか涙が溢れてきてしょうがなかった。
バイオの治療が大好きで、声をかけて挨拶するとすぐ私の手をとって治療を始めていました。
最後にお会いしたときもトムの施術を受けたあとで、しわがれた声で目を輝かせて「オステオパシーはすごいですよ!」と言っていた。
もう長くないかもしれない、黄疸が出て入院しているという知らせをもらって、毎日祈っていました。祈りながらも輝きを分けてもらっている気がしていました。
病院でもお見舞いにくる患者さんを治療していたらしいです。。ほんとにJさんらしいエピソード。
Jさんが息を引き取ったという知らせを聞いたとき、丁度バイオのセッションをしていて、Jさんのことを思い出していた時だったので、クライアントさんが金色の光に包まれていて、それはJさんの恩寵に違いないと思いました。
施術に行き詰るとよくJさんを思い出します。
あの愛に溢れた存在感が、バイオを体現していたなと。
往年のオステパスは、大抵死ぬ間際まで治療をしているという。私もそうなりたいなと思いながら今日も凸凹道を歩きます。
時々Jさんがキラッとした眼を輝かせながら、しわがれた声を聞かせてくれるから。