ドリームボディ

ドリームボディ

九月になりましたね。と言っても毎日暑い日々。

でも満月の夜に外を歩いていたら、大音量の虫の音、、、、少しずつ秋は近づいていますね。

さて、初盆を終え、灼熱の東京に帰って来てからは、ワークショップ続きの日々でした。

内うちで行ったカウンターストレイン(オステオパシーの技法の一つです)の勉強会で、自分の感覚の鈍さに落ち込みつつも、カウンターストレイン魂に火がついて、少しずつですがコツコツ勉強&実践しています。

ずっとめちゃくちゃ苦手意識があったこの技。でもじゃあ努力したかというとしないで放置していただけだったので。

あんまり集中力あるタイプでもないので、出来ることは、はしつこさとコツコツさだけ。。。

なのでセッションでも、痛いポイントを突きつつ変なポジションを取る事が多いと思いますが、ご容赦下さいませ。

そして、もう一週間経ってしまいましたが、先週末3日間は、コンティニュアムムーブメントのワークショップでした。

これは、自分のからだの探求のためと自分自身に滋養と栄養を与えるためにと長年参加しています。

コロナ禍ではオンラインが多かったけれど、今回は久しぶりに先生が来日してのワークショップ!

私にとっては初めてのリンダ先生、カナダ人です。とても気さくな先生でした。

初日の探求の途中でフッと変性意識に入るというか、モードが変わったなと思う瞬間があって、それまではどこかで思考がからだを観察していたのが、そのフッとゾーンに入った時、からだと自分意識が一つになってピタッとはまった時が今回一番の瞬間でした。

二日目、三日目はなんとなく、そのおまけのような感じでした。。。楽しかったけれど。。。

そのピタリと一致した時に、思考が消えてからだそのものになって、更にからだはあるんだけど、エネルギーそのものになっていくような感じはバイオにも通じるので、その感覚を覚えておきたいなと思う。

前回オンライン開催での3日間のワークショップはゴールデンウイークで、父がこの世から去ってからまだ2週間くらいしか経ってなかったので、ワーク中はからだに意識を向けると悲しみや愛おしさが溢れ出してきて、胸が血だらけになるくらいに張り裂けそうで、泣きながら動いたり音を出したりしていた。

その頃に比べると今回のからだは凪の海のように穏やかでした。

穏やかだけど、注意を向けるとより微細な動きや感情のさざなみが感じられて面白かった。

そして、初日の夜、それは明け方でしたが余りにリアルな父が夢に出てきました。

夢の中の父は生きていて、めちゃくちゃ認知症で(実際の父は軽度の認知症でした)家から出て行って私が必死で探していました。

父は、人の家の畑の野菜を勝手に引っこ抜いて食べたり、人の車に入り込んでそこに寝ていたり、完全に自由でした。やっと見つけて家に帰ってきてご飯を食べる時も手づかみで食べていた。。。

それを夢の中の私はハラハラしながら見ているのですが、あまりに鮮明な夢で目覚めてしばらくは夢と現実の間で動けませんでした。

父が死んでから、あんなに生き生きした父が登場したのは初めてかもしれない。。

実際の父は、最後の数年は家に引きこもってひっそりと暮らしていた。色々な介護サービスも嫌がって受けず、私が定期的に訪ねた時にも、焼酎飲みたいのう、、、というくらいで大きな要求は何にもせず、静かに穏やかに生きていた。

夢の中の父は破天荒でわがままで自由。

でも確かに若かりし頃の父はそんな一面を持っていました。

なんでそんな夢を見たのだろう。。。それは昨日の探求の時にフッと入っていた、新しい領域の体感覚が関係しているような気がしました。

夢の中の父の姿と、コンティニュアムの中で立ち現れてきた私の体の感覚。

それは無意識の世界で繋がっている父と、生きた私のからだがキャッチした透明なメッセージでした。

 

 

初盆

初盆

夏休みは今日まで。行きも帰りも台風の影響を受け行きは飛行機が欠航!帰りは何とか東京に戻って来れました。

長いおやすみありがとうごさいました。

緑の中でチャージしたので、元気です。

明日からセッション再開します。

今回は父の初盆での帰省でした。

父の面影に出会い、父の声色が耳に響いた1週間でした。

それにしても[家]って何なんでしょうね。18歳で家を出てから、長年実家をを離れていたので郷愁とは無縁でしたが、息子の誕生と共に縁が繋がり、今はこの実家の家と家の周りの木や草は大切な友人のような安らぎの場所になりました。

特に最後の4年間、老いていく父と過ごした日々は宝物になりました。

入院して一旦は家を離れたものの、最後は家で人生を終えた父。

家に居たいと言う想いは、ここにいるとよく分かる気がします。

ここで産まれ、祖父の代から木を植え畑を耕して来たこの地に、きっと父も愛されて来たのでしょう。

特に父は木が好きで、接木をしたり、実生から育てたり、今は育ち過ぎて近隣へ落ち葉が大量に落ちるなど苦労もしていますが、この場所の木の存在がやはり大きいのかなと。

今回の[からだの声を聞くワークショップ]のテーマはグラウンディング(或いは骨盤)ですが、私にとっては、木を思い出す事が、自分の下の方、骨盤や足の裏や、その下にある大地と繋がる助けになります。

今回は国立駅の近くの会場を予約したので、あと2名程入れます。

興味のある方はお問い合わせ下さい。

からだの声を聞くワークショップ

8/31木   9:30〜12:00

国立駅近くの公共の施設にて。

料金 3千円

 

そして9/4(月)のフラワーエッセンスとバイオダイナミクスのコラボセッション@茅ヶ崎スペーストネリコも引き続き募集しています。

フラワーエッセンス40分+バイオダイナミクス・オステオパシーのどちらも受けていただけるお得企画です(両方で7千円)

久々の開催ですが、次回日程は未定です。

希望の時間帯(午前早め、午後遅めなど)をお書き添えください。

どちらのご予約も

お申込み・お問合せフォームよりお申し込みできます。

お盆を過ぎると涼しくなるというのは昔の話、今後も暑い日が続きそうですが、ご自愛くださいね。

 

 

 

 

 

8月のお知らせなど

8月のお知らせなど

あっという間に今日から八月。

七月の暑さは、強烈でしたねー!

ナンディルームは駅から遠いので、来てくれる皆さん汗だくでほんと申し訳ない!

さすがに七月後半は、夕方からのセッションを希望される方が多かったです。

毎日日差しが強いので、日暮れになるとホッとしますね。

今日は何とか少しだけ雨も降り、湿気は凄いですが、ホッとひと息ですね。

そして子供達は夏休み真っ盛りですね。小さいお子さんがいる方は、長ーい夏休み、、大変ですよね。

今の子供達は、何をして遊んでいるのでしょう?

私の子供の頃は、夏休みは楽しいような退屈なような微妙な時間でした。

朝、イヤイヤラジオ体操に行って、ダラダラとテレビを観たり、友達のうちに遊びに行ったりしてあっという間に1日が終わる。

そして、夏休みの終わりが近づくといい加減に宿題をするという自堕落な日々だった気がします。

小学生の頃の息子の夏休みはいつも福岡の実家でした。

夏は毎年6日間のGAP(ゲシュタルト・アウェアネス・プラクティス)のクラスに行っていたので夏休みは息子は、一人で飛行機に乗って福岡の実家の両親の元に行っていました。

この一人で飛行機に乗った最初の経験が(多分小1?か年長)本人には大層不安な体験だったようで、折に触れてその話になります。

羽田空港のゲートで別れる時もヒーヒー泣いていましたが、その後飛行機内までの移動のバスに乗ってもずーっと泣いていたらしく、知らないおばさんに慰められ、飛行機に乗ってからも辛かったそう。。。乗務員のお姉さん大変だっただろうなー。

空港に迎えに来た、今は亡きじーちゃんばーちゃんに会った時にすぐ、リュックの中から財布を出したらしい。

これでお願いします。という事だったのか。。。

私がお迎えがてら実家に合流して、姉の子供達みんなでプールに行ったり図書館に行ったり夏休みらしく過ごしていましたが、あの最初の飛行機は、さぞ心細かった事でしょう。。。

そういえば、毎年その時期からだのワークショップやったり、大分や小倉でセッションしたりもしてました!

時間どうやりくりしていたのか?

今思えば両親も若かったし、快く受け入れてくれたけど、私が行くとすでにグッタリしてしたなあ。

懐かしいし、有り難い。

親が死んで更に、親に対する感謝が増した気がします。

そう書くとさぞかし良い親だったんですね、などと言われたりしますが、私が子供の頃は、まあまあ酷い親でした。

でも親が歳を取り、更にもう居なくなってしまうと、抽出された感謝が残りますね。

インスタなどにも載せましたが、ジョーティッシュ(インド占星術)で[24歳で完全に自立する]と言われた息子、誕生日目前の7月にバイト生活から、やりたかった古着屋さんに就職しました。

そして更に、すでに近所(隣町徒歩30分くらい)で1人暮らしをしていたのですが、通勤が遠いので引っ越したいー!でもお金がないー!と言ってたら、今いるアパートが取り壊しする事になり、引っ越し代も敷金礼金も管理会社持ちで引っ越せる事に!

わらしべ長者のような展開で、今日引っ越しして行きました。

歩いて来れる場所から、電車で30分以上!ちょっとづつ、でも着実に離れて行く息子。。

幸あれー。

という事で、夏の思い出が長くなりましたが、夏休みのお知らせと、八月の予定など。

8月9(水)〜16(水)まで、夏休みを頂きます。

父の初盆の法など、実家で過ごします。八月はナンディみやこルームのセッションもお休みします。

そして、8/31木は隔月開催のからだの声を聞くワークショップを開催します。

ナンディルームちょっと手狭の人数になったため、市内の施設を取りました。

国立駅南口から3-4 分です。

会場の都合上前回のお知らせと開催時間が変更になって9:30〜12:00になりました。

参加費は3千円です。

テーマは[骨盤]か[グラウンディング]か迷い中です。

あと3名くらいは入れるので興味のある方はお問い合わせ下さい。

9/4(月)はフラワーエッセンスとバイオダイナミクスのコラボセッションも久々に開催します。こちらもまだ予約可能ですので、お問い合わせ下さい。

では毎日暑いですが、素敵な夏をお過ごしくださいね!

バイオエナコース7

バイオエナコース7

コース5の数日後にコース7が開催されて、早くも2週間。。。

季節外れの台風が来て石垣島のルームメイトは来れるのか???とヒヤヒヤしましたがギリギリのところで過ぎていってくれたので、彼女も無事関東に来れて、クラスに参加する事ができました。

コース7のお題は健全(health)。コロナ禍で四年ぶりのリアル開催。そしてこのコロナ禍の間に2つあったクラスが一つに統合されて初であったこともあり、初日はなんとなく場に馴染むのに時間がかかった感じもありました。

今回も天候に恵まれ、雨は夜中に一度降ったのみ。朝の散歩もしっかりできました。

初日あるあるで、今回も質問の内容などを考えていたら眠れなくなって、一睡も出来ぬまま、夜明け後4時半に森の中を彷徨うように散歩して、朝に既にぐったり。。。バイオ学び初めてもう十五年以上経っているというのに、クラスに入る時にナーバスになってしまう自分の心の揺らぎ、、、いい加減慣れろよ!って感じです。。。

バイオからバイオエナに変わって一番の変化は、毎回の実習のテーマが特に決まっていないこと。お題を決めてしまうとその実習にそぐわない場合も、無理にそれに合わせたことをしてしまうので、システムに負荷がかかり受け手が壊れる可能性が出てきてしまうのいうのがその理由。

お題はなく、その時その時の施術者と受け手の間のハートとハートのコミュニケーションによって治療が行われることで、本当に必要な治療が起こる。そして毎回パートナーを変えることで、違う人の施術がそれぞれの受け手に届くのでクラスの終了後はすっかり治療されて健康になっている。という。

そして、前回のコース5でも同じようにお題がないワークが行われましたが、コース毎にそのコース全体のテーマがトムの作るフィールドによって保たれているのか、起きてくることがまさに「コース7!」なのでした。

九年前に受けたフェーズ7で垣間見えた世界と同じようでありながら、自分の感覚がやっと少しだけ追い付いてきた感もあり、以前のコースでは幻のようだった儚い感覚が、今回の方が実感を持って感じられるようになったのは、収穫の一つでした。きっと九年後も同じように思うのかもしれませんが。。。72歳になったトム、いつまでも元気で居てくだされー!

あっという間に過ぎてしまったふたつのコースの感覚記憶を頼りに、ここから一年また精進していこう。。。と誓うのでした。

そして次の週には実家へ。父の四十九日の法要を済ませて来ました。

梅雨時とは思えぬくらいの晴天!父はこんなに晴れ男だったのかと思うくらい、死の間際においても退院してから死ぬまで、そして葬儀を終えるまでもずっと晴れだったのでした。

今回は納骨もあり、梅雨時だけにもし雨なら納骨はお盆にしようと言っていたのですが、ピカピカの晴れ!納骨も無事終え先祖みんなのいる場所にお骨を収めて来ました。

いつもあった仏壇にお骨がないのは寂しい気持ちにもなったけど、まあもちろんスピリットは自由なので、父はそこかしこにいるのでしょう。

フェーズ7のクラスの間に大正15年生まれの父の姉 も彼方へ行ってしまいました。

認知症でずっと寝たきりで父が後見人をしてたくらいなので、何度ももう危ないと言われながら結局父より長生きしてしまった。

人生は産まれた瞬間から終わりに向かって進んでるという皮肉。

一つの生の営みが終わり、しばしの休息の後また次の人生に向かうのだろう。

親を見送り大きな仕事を終えて、さて自分もこの人生の残り時間でやるべき事は何なのかを見据える時期に来ているのかもしれないなあと思うのだった。

 

予約を再開します

予約を再開します

4月20日、父が他界しました。

12日に福岡の実家に帰り、在宅医との面談や吸引講習を経て、15(土)に念願の我が家に帰り、たった6日間でしたが毎日バイオもやり、宝物のような日々を過ごさせて頂きました。

帰ってきた日は前日が土砂降りで、まだ小雨の残る中、訪問看護師さんやケアマネさんや介護タクシーの運転手さん、全員女性で庭から縁側を通りベッドまで担架で父を運びました。

退院後初日は、足を触ると電気的ビリビリがめちゃあって、入院生活が父に与えたストレスが感じ取れるような気がしました。

退院してきた日に経管栄養のチューブを取り、そこからは余力だけで日々を過ごしましたが、毎日訪問看護師の人が2度訪ねてくれ、私の友人や、姉の子やいとこも来てくれたり、賑やかかつ、平和な日々を過ごしました。

火曜には熱が出て苦しそうでしたが、水曜には下がり庭の前で入浴もできて、その日が一番穏やかでした。夜にはうちの息子もやってきて、手を握って泣いていました。

夜からゼロゼロが出てきて苦しそうでしたが、まさかその日が最後の日だとは思わなかった。

ただ朝、バイオをしていた時に、胸から何かが出ていくのが見えて、もう近いなあとは思っていたのでした。

酸素濃度が下がって、午後姉に電話したり、出掛けていた息子を呼び戻したりして、最後の時はあっという間にやってきました。

最後の呼吸の瞬間を一緒に過ごしたのは、ちょうど私だけの時でした。

呼吸が戻って来なくなって、心臓が静かになっても、まだ父の体に流れているものがあって、それは死後2日経っても消えることはなかった。

ベッドから降り北枕で仏壇の横に寝ていたので、まるで静かに眠っているようでした。

その横で私は眠り、家族と話したり、掃除をしたり普通の日常の延長のように、通夜までの日を過ごしました。

本当に良い時間を過ごさせてもらいました。

退院当日以降、葬儀まで毎日良い天気でそれもギフトでした。

葬儀が終わった昨日から打って変わったような冷たい雨です。

母の死後、毎月福岡に通い四年間、家での生活を続けてきて、そして最後は入院してしまったけれど、家に帰ることが出来父との豊かな時間を共に過ごさせてもらって、悔いはないです。

うちの裏が特養老人ホームで、母もそこで働いていたのだけど、そこのケアマネさんが本当に素晴らしい人で、この看取りプロジェクトは彼女の協力無くしては実現しなかった。

毎日訪ねてきてくれて、手を握って父に話しかけてくれ、最後の入浴の時も一緒に見守ってくれた。

私を励ましてくれて、一緒に泣いてくれて、その存在がどれだけありがたかったか。

父も感謝していると思います。

感謝しても仕切れない大きなものを父の最後の姿を通して学ばせてもらいました。

もらったものをこれから返していきます。

ということで長くなりましたが、5月1(月)よりセッションを再開します。

キャンセルさせてもらったお客様には順番にご連絡させていただきますね。

予約の受け付けも開始しますので今後ともナンディルームをよろしくお願いします。

 

4/12~4月末までお休みします(重要)

4/12~4月末までお休みします(重要)

前回のお知らせで「父の看取りのために帰ります。」と書いてからなかなか話が進まずにいましたが、やっと自宅に連れて帰る目処がつき、12(水)から実家の福岡にしばらく滞在することになりました。

父との貴重な最後の時間を味わいながら過ごしてきます。

病院とのやりとり(特に主治医)がなかなか進まずジリジリする時間を過ごしていましたが、、それも私の覚悟だったのかなと思います。

自分がちゃんとグラウンディングしてない気がして、山に登ったり、もう実際には話が出来なくなった父と魂レベルで話して、私の覚悟か決まって心から納得したら話が一気に進みました。

ずっと何が父にとって最良の死なのか?それが私の決断に委ねられていることに一抹の迷いがありました。

入院している限り、医療的な処置を受けて命が枯れて枯れ切るまで生きさせられる。

でも、退院して家で看取るという事は、全ての管をとって延命行為を終わらせる事になります。

父は元々は管をつけたり、入院するのは嫌だと言っていました。でも実際図らずもそうなってしまってから外すのはかなりの決断を要します。更に意思表示が出来なくなった今となっては。

生まれて死んでいくまでには、様々な環境と状況があるので、どれも否定しようとは思いませんが、やっぱり私は静かな環境で肉体という容れ物から離れていく父をサポートしたいと思います。

なので4月のセッションは11(火)までにして、12(水)〜4月末までをお休みとさせて頂きます。

既にご予約頂いている方にはこちらから個別にご連絡させて頂きます。

5月〜のご予約はお受けしますが、キャンセルの可能性があることをご理解の上お申し込みください。

ご不便ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします。