プロフィール

中川 洋美  (Hiromi Nakagawa)

1968年 福岡生まれ。
自然と動物に囲まれた子供時代を過ごす。
生き物が大好きで、しょっちゅう犬や猫を拾ってきて飼っていた。
子供のころは獣医になろうと決めていた。

絵を描くのも同じように好きだったため、
高校卒業後、博多に下宿して2年間美術予備校に通い、武蔵美短大で油絵を学ぶ。

夏休みに行ったインドと旅に魅せられ、大学卒業後すぐに、アジアへの旅に出る。
まずは船で上海に渡り、中国大陸を横断、陸路でカラコルムハイウェイを越え、パキスタン、インドへ。
インドを中心に旅を続け、念願のチベットにも行く。
2年半後に帰国すると、すっかり社会に順応できなくなっており、
以後、アジアと日本をいったり来たりする。

ナンディルーム 中川洋美(カリフォルニア州認定エサレンマッサージプラクティショナー、クレニオ・セイクラル、エソテリック・ヒーリング、GAP(ゲシュタルト・アウェアネス・プラクティス・スチューデント・ティーチャー)

旅で身に着けた直観と、からだとこころの在りように興味を持ち、
様々なワークショップに参加するようになる。
30歳で縁あって妊娠、非婚で一人で子供を育てることに。。
子供から得たものは数知れず。
息子が私にこの地に根を下ろし、天から与えられた仕事をする機会を与えてくれたようなものです。

出産を機に、ますますからだに興味を持ち、エサレンマッサージの資格を取得。
それ以降、クレニオ、ゲシュタルト、バイオ、エソテリックなど、
これは本物でずっと学び続ける価値があると思うものを継続して学び続けています。

ナンディルーム 中川洋美(カリフォルニア州認定エサレンマッサージプラクティショナー、クレニオ・セイクラル、エソテリック・ヒーリング、GAP(ゲシュタルト・アウェアネス・プラクティス・スチューデント・ティーチャー)

私が大事にしているのは、自分自身と共にいること。
そして、興味を持っているのは、あらゆる形のコミュニケーションです。
それは、小さい頃植物や動物との交流を通して、自然に自分の中に芽生えた種のようなものです。
それが旅する中でいろんな人種や異文化に触れ、発展していきました。

からだに触れたり、エネルギーに触れながらやっているのは、チューニングを合わせるような感じです。
それは、認知症の高齢者や、自閉症などの障害を持った人たちとの関わりの中でも学び続けていることの一つです。

自分自身を殺さずに、かつ生きとし生けるものへの尊厳と尊重を持って、
そしてこの世界の中でのびのびと生きることができるのか?

健康かつ活き活きと生きる、
それを学び、人と共有していくこと
それが私がこの仕事をしている意義だと思います。

カリフォルニア州認定 エサレン・マッサージ プラクティショナー資格取得(2004年)

バイオ・ダイナミクス フェーズ9修了(2015年)
INEH 認定エソテリック・ヒーリング・コース 修了(2015年)

GAP(ゲシュタルト・アウェアネス・プラクティス)スタディグループ(2013~2015)修了

「ナンディルーム」名前の由来

ナンディ(nandi)って?

ナンディとは、インドの牛の神様です。
ヒンドゥーのシヴァ神の乗り物。
インドを旅しているときに、この国と共に大好きになったのが、この牛です。
大地にしっかりと足をつけ、平和で優しい立ち振る舞いが大好きで、
牛の耳の裏を撫でているとじーんと幸せな気分になります。

ナンディルーム 中川洋美(カリフォルニア州認定エサレンマッサージプラクティショナー、クレニオ・セイクラル、エソテリック・ヒーリング、GAP)

ヒンドゥーでは、ミルクという滋養を与えてくれるこの生き物を神としているため、殺生はしません。
なので、ノラ牛が町のあちこちでウロウロしているのです。

インド人は、この牛たちにに花の首輪をかけたり、ご飯や野菜の残りをあげたり、
時には野菜を盗む牛を棒でビシビシ追い払ったり、ゆるく愛ででいます。

この牛というスローで愛すべき存在に敬意を表して
ナンディルームという名前を付けました。

私とボディワークの出会い

エサレン・マッサージとの出会い

まだ20代半ばだった時、1年の旅を終え帰ってきてすぐに、ふとしたことで、
「ほびっと村
(西荻にある知る人ぞ知るスポット、1階がオーガニックの八百屋さん、
2階がレストラン、3階がニューエイジの本や、教室がある)
かわら版」を手にしました。

そこには「エサレンマッサージ体験」というのが載っていました。
エサレン研究所の存在も全く知らなかったのですが、
なぜか行ってみるか・・という気になってマッサージを受けに行きました。
今から20年以上前でエサレンもあんまり知られていない頃です。

施術者は「塚本正樹さん」という多分日本で一番古いプラクティショナーでした。
その人に、片足をマッサージしてもらったとき、衝撃を受けました。
触れられた側と触れられていない側の感覚の違いに。
触れられた方は生き生きしていて、まだ触れられていないほうはまるで死んでいるようだったのです。

「私はこんな死んだような足で生きてきたのか・・・」と思ったことが、エサレンマッサージとの出会いでした。

それから、何年かが過ぎ、「触れること」を学びたいと思ったときに選んだのがエサレンマッサージでした。
タッチの質はエサレンマッサージがピカイチだと今でも思っています。

クレニオ・セイクラルとの出会い

私がクレニオ・セイクラルに興味を持ったきっかけは、
エサレン・ボディワークのアドバンス・コース(@久米島)で、
初めてクレニオ(頭蓋)のリズムを手に感じる体験をしたからです。

それまで、エサレンのセッションの中では全くフォーカスしたことのなかった領域でした。
頭がい骨や仙骨がそれ独自のリズムでうごいているということは、私を驚かせ、夢中にさせました。
それが私のクレニオセイクラルの始まりです。

当時クロニックでクレニオのクラスをやっていたので、久米島から帰って来たほどなくしてクラスを受講しました。
クレニオのリズムを感じるってのは、正直ちんぷんかんぷんでした。
わかるような、わからないような曖昧な感じ・・・・。
それでも、なぜだかわからないままにでも
これをもっと知りたいという気持ちの火は消えることなく、今も学び続けています。

トム・シェイバーのバイオダイナミクスを学び続けていますが、
これもまた深い、深すぎるのです。

バイオの前のクラス、トムのエナジェティック・オステオパシーを初めて受講したときに、
トムが私の仙骨に触れて「これはまっすぐ過ぎるね」って言った途端に、
私の仙骨の先っぽがくる~っと内側に巻き込んだのです。
そのすご技にノックアウトされました。

バイオでは、その人の持つ「health(健全)」に目を向けます。
静寂の中で、クライアントとシンクロして、
相手のシステムの何が治療されたがっているかを見ていくというのは、
瞑想的で、集中した大好きな時間です。

エソテリックヒーリングとの出会い

エソテリックヒーリングに出会ったのは、バイオダイナミクスのトムがやっていたワークででした。
「クライアントと、魂とハートで繋がって、魂からの指示を受けてヒーリングを行う」
というのに、驚いて感動しました。

エソテリック的な理論は、色々目からうろこで、かつ愛にあふれていて感動するのですが、
実際に手で肉体に触れないでやるというのは、
マッサージに慣れている私にとってはかなりやりにくく感覚をつかむのが難関でした。

エソ1,2と受けてもセッションで使うには程遠く、
使わないと感覚も研ぎ澄まされないので「なんか苦手~~」っていう意識が数年続いていました。

あるときトムの2だったと思うのですが、
アジナが熱くなったり、これは治療が起きてるなとはっきりわかるときがあって、
それがきっかけで面白くなっていきました。

今、日本に複数の講師が来てくれるようになって、
エソテリックヒーリングの色々な側面を垣間見ることができ、
私にとっては、最も熱く親しみをもってできるワークになりました。

エソテリックヒーリングは、
私にとって魂について学ぶことと条件付きではない「愛」について学びを深めること、
そして人の助けになる最高のツールです。

GAP(ゲシュタルト・アウェアネス・プラクティス)との出会い

GAPのクリスに出会ったのは、エサレンの資格を取った年なので、もう10年以上前になります。
エサレンの創始者の故ディックプライスと一緒にゲシュタルトを教えていた
パートナーのクリスが来日しているというので、深く考えもせず申し込みました。

夏の女神山でした。
クリスがGAPについて説明をするときに、
「自分をこれまでもよくしようとか変えようとしてきた。
今まで変えよう変えようとして変わらないのなら、変えようとするのをやめて、それと仲良くなってみる。
より親しみを持って出会う」
といったときに、衝撃を受けました。

今まで私は自分自身を良くしよう良くしようと思ってきて、
でもそうならない、できない自分を責めていたのです。

でも、その時のGAPで、
「よくしよう」という電車から降りて、
この今の自分自身と「ありのまま、そのままに」で会う。
という道を選びました。

クリスに出会ったとき、その道が自分の道だと深く感じたからです。

私が今もこのGAPを学び続けているのは、私にとってこれが役に立ったからです。
「自分自身と共にいる」ということが、私を自由にしました。

バイオもエソテリックもGAPも、その人のもつ健全さをサポートすることが共通しています。
きっとそれが、長年私がこのワークを飽きることなく続けている理由なのでしょう。